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お手本から少しずれた、プロダクトデザイン発想のジュエリー

―中村さんのプロフィールを教えてください。

「高校卒業後にアメリカの美術大学に留学して、インダストリアルデザインを学びました。家具や車、家電など様々な立体物のデザインをしていたのですが、帰国後さらに見識を深めたいと思って、オランダのデザイン学校に入学しました」

―オランダですか! インダストリアルデザインの最先端が学べる環境なのでしょうか?

「その頃、『Casa BRUTUS』などの雑誌やメディアがよくオランダの特集を組むなど、プロダクトデザイン業界では話題の美術大学でした。僕自身、オランダのデザインが好きだったことや、好きなデザイナーがその大学の先生として教鞭を執っていたことも大きかったです。いざ入学すると凄く厳しい学校で、卒業できる生徒は4割に満たないくらいだったのですが、コンセプトデザインを重視した講義内容で、とても刺激になる日々でした」

―卒業されてからはどうされたのでしょうか?

「日本に帰国しました。ただ、帰ってきてこれをやろう、という明確な目標がその当時はなくて、しばらく悩んでいました。オランダ時代の友人とユニットを組んで活動をしていたのですが、ある時、『展示会に出した焼き物を使ってジュエリーにしたら面白いかも』と思い付きました。ジュエリーは勉強したことがなかったのですが、今思えばそれがブランドの始まりですね」

―プロダクトデザインのアウトプットとして、「ジュエリー」と結びついたのが意外に感じました。

「オランダではジュエリーとプロダクトデザインの垣根があまりなく、身近な存在でした。というのも、あちらでは『アートジュエリー(コンテンポラリージュエリー)』というジャンルが盛んで、通っていた大学の学長も、もともとはジュエリーで有名な方でした。プロダクトデザイナーはクライアントワークが中心ですが、ジュエリーデザイナーのあり方としては作家とデザイナーがあると思います。僕自身はそのちょうどあいだの立ち位置にいると思っていて、デザインをするだけではなくお客様と話しながら販売の現場にも立つという、制作から販売までを自身で一貫してできるスタイルが、自分に合っているジャンルだと思いました」

―なるほど。ジュエリーを作り始めてからは、どうでしたか?

「立ち上げ当初に『rooms EXPERIENCE』に出展したのですが、当時はまだ今ほど異素材でジュエリーを作っている方がいなかったので、面白がってもらえて。百貨店のイベントなどに呼んでいただけるようになりました。ジュエリーのイベントは、数組のブランドが合同で開催することが多いのですが、その中で『台東デザイナーズビレッジ(※)』に入っている方が結構いらっしゃって、自分もそこに入ることにしました」

※2004年に設立された、ファッションや雑貨、デザイン関連のビジネス分野で起業を目指すデザイナーやクリエイターのための創業支援施設。通称「デザビレ」。

―台東デザイナーズビレッジ(以下、デザビレ)に入られたんですね! monoTokyoでもご出身の作家さんが多いですよ。

「そうですよね。僕は10期生なんですが、設備もあるし、区にもサポートされているので、大変ありがたい施設でした」

―デザビレに入る前と入った後で変わったことはありましたか?

「デザビレの村長(代表の方)に、『焼き物でずっとやっていくの?』と聞かれたことがありました。僕は当時から、焼き物はジュエリーを形成する素材の一つ、くらいに思っていたので、『今後別の素材にも広げていくつもりです』と答えていました。そして、その通りに石を素材に使ったり、金属を扱い始めたりしたので、幅が広がったと思います」

―ブランドにとっても、転換期になった時期なんですね。

「始めた当初は焼き物のイメージが割とあったと思うのですが、徐々に素材の幅を広げていくことで、逆に焼き物はだんだん無くなっていきました。また、転換期と言えば、デザビレ3年生の時の伊勢志摩サミットも大きかったですね」

―そのお話を詳しく聞かせていただけますか?

「いわゆる一般流通に乗らないような変わった形の真珠を使って新しいデザインのアプローチをしよう、という主旨の展示会が表参道で開かれました。当時参加していた16人のデザイナーの1人として僕も出展していたのですが、三重県真珠振興協議会の方がお越しになられて。デザインを気に入ってくださって、サミットが決まった時に『ぜひコンペに参加してください』というご連絡をいただきました」

―それで、そのコンペに見事勝利されたんですね?!

「9〜10社くらいのコンペだったのですが、よく展示会で一緒になる顔見知りのデザイナーが多かったですね。その中で、たまたま僕が一番気合の入ったプレゼンボードを作ってきていて。(笑)それで採用されたんだと思います(※)」

※janukaは、2016年5月に開催された伊勢志摩サミットの参加国代表が胸元につけた「ラペルピン」のデザインを手がけた。真珠を7つ配置し、「G7」をイメージしたデザインに仕上がっている。

―その後の反響はどうでしたか?

「凄かったです。最初は伊勢志摩の方々もあまり一般販売のことまでは考えていなかったのですが、テレビや新聞で大々的に取り上げられ、商品化の要望も多かったため、販売に踏み切りました。3種類の商品を作ったのですが、一番高い十数万円のものもすぐに売切れました。台東区の区長からも、区長室に呼ばれて褒められたりしましたね。(笑)」

―大変名誉なことですよね! janukaが商品を作っていく上で、こだわっていることは何でしょうか?

「デザインで言うと、すごくきれいなダイヤが普通に留まっていても、世の中にはたくさんあると思っていて。石を留めるにしても、例えば石自体に溝を掘って留めるとか、今までにない留め方をプロダクトデザイン的なアプローチで発想するようにしています。ジュエリーのバックグラウンドがないので、それが逆に『こうでなければならない』という制約を自然と取り外して考えられているのかな、と思います」

―留め方自体から新しく考える、というのがユニークですね。

「あとは、銀鏡加工という、あまりジュエリーでは使われないコーティングを工場で作ってもらうとか、ジュエリーの作家が普通は考えないようなことをあえてやろうかなと思っています。ブランドコンセプトが『お手本から少しずれる』なので。デザインする時は、最初にどんなものが世の中にあるのか、お手本について勉強します。基本を知った上で、『そうじゃない』ずれた考え方のものを作るようにしています」

―だから、janukaの商品はどれも初めて見るような、斬新で引き込まれるデザインなんですね!

「ありがとうございます。他には、素材ありきで作り始めるものもあります。この素材面白いな、と感じたら、その素材で今までに使われていない使い方って出来ないかな、と考えます。それと、プラスアルファの装飾はあまりしないようにしています。うまく機能になっていればいいという考えで、その方が結果的に普遍性にも繋がるというか、流行に左右されないデザインになると思っています」

―そのこだわりが商品に反映されていて、とても美しく感じます。製作はこちらのアトリエでされているのでしょうか?

「素材によって場所も変わりますが、金属で加工できるものは基本アトリエでやっています。難しいものは、日本国内の信頼のおける職人さんにお願いをして、作っていただいています」

―janukaのジュエリーを初めて手にされる方に、お伝えしたいことはありますか?

「ジュエリーは身につけてみると、置いてあるものを見ている時と印象が変わるので、是非身につけてみてもらいたいなと思います。そして、留める枠がないから光を通してより輝いて見えるとか、クリップピアスは立体的に見える美しさがあるとか、つけてみた時の見え方や面白さを感じていただけたらと思います。ご自身で手に取られた時の美しさと、横から他の方が見た時の美しさの違いなど、お楽しみいただけるかと思います」

Profile
Brand

デザイナー・中村穣が手がけるジュエリーブランド「januka(ヤヌカ)」。ニューヨーク Pratt Institute にてインダストリアルデザインを学び、その後オランダ Design Academy Eindhoven にて修士を取得。帰国後に異素材でジュエリーを作ることを思いつき、2012年に同ブランドを設立。2016年には伊勢志摩サミットで参加国代表が身につけたラペルピンを手掛けたことで一躍話題となる。「お手本から少しずれた」をブランドコンセプトに、これまでにないアプローチで日々作品を製作している。

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